びわ湖にみる〈文化〉の意味   西本梛枝

びわ湖にみる〈文化〉の意味 西本梛枝 井上靖の長編小説に『夜の声』という作品がある。いわゆる〈代表作〉には入っていないようだが、自然破壊、環境汚染を憂えるものとして、特筆しておきたい作品の一つだと思っている。発表されたのは1967年。日本の高度経済成長に加速がつき始めたころで、世の中は、いずれ歪むであろう社会のことなど眼中になく、浮かれていた時代である。 主人公は、〈神の託宣〉で、文明という魔物と戦い、最愛の孫娘を魔物の手の届かない万葉の清らかな時代を残している地で育てたいと考えている『万葉集』愛好の老人である。孫娘には悲しいこと、美しいことがちゃんと判る乙女に育ってほしいと思っていて、そのためには風の音や川の流れ、木立の芽生えや夏の夕暮れ、秋の白い雲や雪も必要。つまり季節が明確に巡る地を求めていた。 そういう場所・・・。それが近江であった。辿り着いたのは朽木村(現在は高島市)。滋賀県2番目の長い川、安曇川源流の村である。かつて木地師や筏師たちが安曇川や安曇川の支流の川の畔で「山」を生業として暮らしていた地だ。老人が「万葉の清らかな時代を残している」と感...
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