琵琶湖周航の歌100周年記念「なぞり周航」記

2017年6月、琵琶湖周航の歌が誕生して100周年を迎えた。 京大ボート部OBを中心として記念のなぞり周航が企画され、嘉田元知事らが事業の統括をし、6月24日、瀬田川にある京大艇庫を7人乗りのフィックス艇3艘が出発。西回り航路で周航の歌歌碑のある三保が崎、近江舞子、近江今津、海津大崎、竹生島、長浜、彦根、長命寺を経由して3泊4日で27日に瀬田川艇庫へ戻る計画。経由地では住民を挙げての歓迎会や催しが待ち受けていた。 京大ボート部員が受け継いだ歌は、今や滋賀県民はもとより日本の人びとの心の歌として日常生活に浸透していると実感した。 私たち琵琶湖トラストの仲間4人はクルーザーで伴走して参加、なぞり周航を楽しむことにした。 ・・・詳細なレポートは ここをクリックしてください。 ※琵琶湖周航の歌をマンドラ(マンドリンよりも1回り大きい弦楽器)で演奏してもらいました。 http://www.biwako-trust.com/wp-content/uploads/2017/08/琵琶湖周航の歌byマンドラ.mp3 ※以下の高島市のHPより「琵琶湖周航の歌」の曲が聴けます(歌...
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海津大崎桜観光航海記

びわ湖トラスト会員有志が集まってヨットクラブを作ったのは4年前。運よく全長6m余りのヨットを譲ってくれる方があり10名くらいで共同所有することになった。クルーザーの免許を取得し、訓練を重ね4年目の今年4月、念願の海津大崎の桜の季節にびわ湖一周と四島巡りにチャレンジしました。写真と記録で辿る航海(湖?)記をご覧下さい。 詳細なレポートは ここをクリックして下さい
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農業は国の基幹 ~百人一首から~

日本書紀に近江遷都の記述がある。「天智6 年(667年)、中大兄皇子(天智天皇)は都を近 江に移した。『当時、あらゆる近江百姓(おうみ たから)は遷都を願わず、これを風刺する者が多かった。童謡(わざうた)も多く、また連夜のように火災がおこった』と。何故、百姓を「タカラ」 と読ますのか。この疑問が私の頭から離れなかっ た。百人一首や万葉集にヒントはないかと拾い読 みしているウチについに見つけた。我田引水だが、あった。天智天皇の「秋の田の かりほの庵の苫 をあらみわが衣手は 露にぬれつつ」である。 しかしこの歌は天智天皇の作ではないというがそ の理の説明はない。何時の時代でも食糧の自給は重要で当時の時代背景からも「農業は国の基幹」 と重視して、しばしば農民の仕事場を訪れ、農民 にも慕われるようになっていた天智天皇に感動し ていた藤原不比等が書記を編むにあたり「百姓を タカラ(宝)」と読ませ、天皇の想いを、自ら和歌に謳い託したのではないかと推論した。粗っぽ い推論ではあるが一応自己満足の境地に至たった。 古代から近江は稀な豊潤地であった。以上のこと か ら 三 日月知事の「近江平野は世界農 ...
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ビワイチは時計回りが順行!?

生まれてこのかた住民票は京都府か大阪府にしか置いたことがないが、心の中の故郷は滋賀県にあるように思われる。びわ湖の水の恩恵を受けているからであろうか? びわ湖を様々な手段で一周するというのがかねてからの夢である。大学に合格し新調した自転車で初の一周、貯蓄を崩して初めて買った車や河川調査や水採集に大学の公用車で幾度となく一周したが、そのほとんどが時計回りと記憶している。 そういえば電車で回った記憶が定かでないので、 正月休みを利用して現在、湖西線を北上している。 (つまりこれまた時計回り) いまだ果たしていな い手段が二 つ。一つは徒歩。所要日数・宿泊地など計画段階から楽しみである。もう一つがカヌーで水上を!いずれの手段も湖岸に寄り添って自然と風景を堪能できるのが魅力である。どちらかを反時計回りにしてみようか! さらに、海に面していない湖国は周囲を4府県に囲まれ県境はほとんどが山稜である。他府県の土を踏むことなく最大の面積で取り囲むのも挑戦し甲斐のある夢である。求む!この一風変わった道中を伴にしてくれる 喜多さんを(京都の弥次より) 宇治市 岩﨑 功志
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